割り箸
短編小説 その少女は俺の右斜め後ろ四十五度に二つ分の席に座っている。
授業には全く興味を示さず、何かに熱中しているようだ。
そうなるとやはり人間としては覗きたくなるものだろう。きっと皆そうだと信じたい。
…その娘は割りばしと割りばしの袋を持って何か腕を振っていた。
(一体何をやっているんだ?)
全く理解できない。割りばしとその袋で何故ここまで時を忘れるほど熱中できるのだろう。
気になりながらも俺は慢性睡眠不足による強い睡眠欲によって深い闇の中に落ちていった。
「ん?アイツ休みだったのか」
普段昼食をともにする友人が欠席しているのに気付く。何だかんだで結構寂しいものがある。
クラスにいるのもなんとなく心苦しいために屋上へ向かうことにする。我が校の屋上は本来立ち入り禁止だが、何故か解放されているためにいつでも入れてしまう。学校側も黙認している。しかし日当たりが悪く止めに寒いために人気はあまりない。だが俺は一人でここでの時間を過ごすのは好きだった。誰もいないから気兼ねなく自分の時間を過ごせる。
屋上への階段を上り、差さりっぱなしの鍵を回す。
そこには、彼女がいた。
こっちには全く気付かずに割りばしと割りばしの袋を手にぶんぶん振っている。
…まだやってたのか。
「おい」
俺が声をかけると、その娘はびっくりして振り返った。
「だっ、誰!?何でここにいるのよ!」
「いや、そう言われても」
だってここは俺の空間だからさ。
「急にこられたらびっくりするわよ…」
「何やってたんだ?」
彼女は少し口ごもる。言いたくないのだろうか?
「えーと、いや…あの…」
俺が弁当箱を開いてハンバーグをつまもうとしたその時である。
「割り箸の袋で割り箸を折ろうとしてただけ…」
これでずっこけない方がおかしい。普通の人間はこんな滑稽な事言われて冷静でいられないと思う。たぶん。
俺はハンバーグをつかみ損ねて弁当箱をひっくり返しそうになった。
「あのなー、そんなことできるはずが」
ねえだろ、と続けようとした俺の声をさえぎって彼女は言う。
「いや、あるのよ。何かの曲芸で。どんなにやわらかいものでも大きな力を加えれば瞬間的に硬くなる。高いところから水に飛び込むのが危険であるように」
理屈では判るような気もするがそんなこと聞いたってどうにもならない。
「何でそんなことやってるんだ?」
また沈黙。顔が真っ赤だ。体温も上昇していることであろう。今なら玉露くらいなら入れられるお湯が沸きそうだ。
「…やってみたかったから」
え?
「やってみたかっただけ!」
そういって彼女は走っていってしまった。
放課後。
いつも教室でだべるはずの友達がいないので、教室にいても仕方ないと思った俺はいつもより少しだけ早く通学路を歩いていた。
たまには一人もいいものだ。
「あ…」
ん?声が聞こえたような気がする。後ろからだ。
「さっきの…」
例の割り箸女である。ここで彼女の容姿を少し説明してみよう。
髪は少し長い。セミロングとショートの中間というところだ。背は低い。一五〇センチ台中盤あたりか。目は黒く光っている。
総合的に見ると美少女といわれてもおかしくないレベルである。五月まで気づかなかった自分の周りを見る能力のなさを痛感する。
「よう」
一応声はかけておく。だがその後が続かない。困った。
「さっきのこと」
彼女は心配そうにボソボソ声でつぶやくようにそう言った。
「なに?」
「…あのこと、内緒にしておいて」
そういわれてもあれじゃあクラス全体に駄々漏れではなかろうか。
「ああ、わかった」
少なくとも俺の口からは何も言わないさ。
「…ありがとう」
友人の病気はやや長引いているようだ。
もう一週間以上休んでいる。そのおかげで放課後居場所がない俺は早めの帰宅を強いられるわけだ。
そして必然的に彼女と帰り道が同じになるわけで。
「で?最近調子はどうだ?」
「…割れる気配なし」
悲しそうに彼女はつぶやく。まあ結構力いりそうだから難しいだろうね。
「まあ諦めんなよ、そのうち割れるさ」
「そうだといいけど…」
毎日このような会話を繰り返して途中まで同じ帰り道がおわり別れるのである。
「へっへっへー、ふっかーつ!」
久しぶりの俺の友人の登校だ。元気だな。
「ドクターストップかかってたからね」
そういうことか。
ん?ちょっと待て、誰か他の人がいない気がするぞ。
彼女が休んでいた。
「お前今日なんかそわそわしてるな。なんかあったのか?」
「なんでもない」
「んー、わかった、今日休んでるあの娘が好きなんだろ?」
飲んでいた豆乳を吹き出しそうになった。急に言われると誰でもこうなると思う。たぶん。
「んなわけっ」
「わかるよ、彼女目立たないけど可愛いもんね、うんうんお前もとうとう」
うるさいうるさい。
そうじゃない、ただ急に休まれたからびっくりしてるだけだ。
そういってもなんだかんだで気になる。
足は通学路の分かれ道に向いていた。
「ここからがわからないんだよな…」
表札を頼りに家を探す。見つかるといいのだが。
「あ…」
声が聞こえた。
「割れたよ!ほら!割れた!」
彼女の歓喜にあふれた声が響き渡る。
「もしかして今日、ずっとそれやってたのか?」
「うん。学校休んで」
マジかよ。
俺はどっと押し寄せる疲れと彼女の笑顔を見て感じた謎の喜びに包まれて眩暈がした。
─おわり─
なんかよくわからないものになりました。
このあとの二人がどうなっていくかはご想像にお任せ。
ちょっと変わった娘はいかがですか?みたいなwwww
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平凡と非凡どちらかを選べ
短編小説 平凡。
それは何であろうか。
基準がわからん。誰が決めた?
それすらもわからない。
でも平凡という概念は存在を続け、それを俺たちは有効活用し続けているわけで。
「…で、何すっかな、今日は」
放課後の居場所がない俺にとって、それを探すのはは結構苦痛なことで。
部活に入るわけでもない、勉学に励むわけでもない、かといってこれといった趣味があるわけですらない。ただ漫然と高校生活を送るのみである。
俺にはこれといった特技もないし、特別親しい友達もいない。交友関係が狭いわけでもないが。
「天谷、一緒に帰るか?」
友人の一人に声を掛けられる。今はそんな気分じゃないんだ。
「あー、遠慮しとくわ。今日はなんかダルイ」
「何じゃそりゃ」
ほんとにな。
うちの高校から歩いて十分くらいのところに川がある。清流というほどきれいでもない、濁流というほど濁ってもいない。普通の川だ。
それでも魚はある程度釣れるので釣り人っぽい格好をした人はちらほら見かける。…釣った魚、食うのか?
物思いにふけっていると、まぶたが重くなってくる。マズイ…寝ちゃダメだ…
そう思っても寝てしまうのは寝てしまうので。
眠りの中に落ちていく感覚は一人ひとり違うはずだと思う。
しかし少なくとも俺と同じ感覚を感じる人はなかなかいないはずだと思う。
俺は、舞い上がっていくのだ。
「っは!畜生…」
俺は寝汗びっしょりで起き上がる。
「またかよ…」
俺はうなだれて空を見上げる。すでに日が落ちて、星たちがよく見える。でも星空を見上げて感動するような余裕を今の俺は持たない。
「いい加減にしてくれ」
そう言っても効果がないのはわかっちゃいるんだが。
最近よく見る夢。
いや、夢にカテゴライズされるものであるのかどうかもわからない。 とにかく、「見る」のだ。
それは暗い中のこと。
謎の圧迫感で一杯の空間に閉じ込められたような感覚。そこに囚われてうまく動けない。
そこでは俺は普段以上のちっぽけな存在でしかないのだ。
大いなる存在には決して勝てない、ちっぽけな存在。
大きな「恐怖」という名の何かに追われ続ける運命なのだ。その運命から逃れることは不可能。そうだとわかる理由は説明できない。ただ、本能が語るのだ。『こいつには勝てない』と。
それは具体的なイメージを持たない。ただの観念、いや、ある意味一種の哲学的思考によって確立された概念なのだ。
そんなイメージを寝る度に見るのだ。起きた瞬間は寝汗がびっしょり。
そして起きて数分もたたないうちにその少しつかんだ気がするイメージは失われる。
「勘弁してくれよ…俺の体力がもたねえぜ…」
俺は空を見上げた。おい、シリウスさんでもアルタイルさんでもいいからこれ何とかしてくれよ。
なんとかしてあげようか?
そう言ってくれるわけがないのはわかってる。
「天谷、この問題をといてみろ」
次の日の授業。数学の時間だ。
黒板には三角比のサインやらコサインやらタンジェントとシータ殿が乱舞している。…わからん。
答えを必死にでっち上げようとして「シータイコール30度」
…と言おうとした瞬間。
俺の意識がブラックアウトした。
もちろん、「例」のイメージに襲われながら。
気付けば、俺はベッドに寝ていた。
…保健室か。
「あら、気付いたのね?」
保健室の先生が声をかける。
「気分はどう?」
「…すごく悪いです」
「でしょうね」
…居心地の悪い沈黙。これはつらい。
「一応一通り聞いとくわ。最近寝てる?」
「はい」
「食欲は?」
「あります」
「便通は?」
「全然大丈夫です」
「熱もないみたいだからこれは変ね」
う。痛いところを突かれた。だけども人にこんな夢の話したって信じたりする奴はいないだろう。
「ナルコレプシー…かもしれないわね」
何じゃそりゃ。
「急に眠くなる病気よ」
こんな症状は初めてだ。たぶん違うと思う。そんな難儀な病気じゃない。と思いたい。
「それとも」
先生が口を開く。
「あれかしら」
…あれって何だ?
「天谷克人、十六歳、二学年四組出席番号二番、部活動加入無し」
そのとおりです。
「つまり、平々凡々の普通の生徒」
そういう風に言われたらへこみますね。
「そのあなたがこのような症状を訴えた。そしたら考えられる原因は一つ」
なんですか?
「あなたの『恐怖』そのものが具現化しているということ」
「それは…いったいどういう意味ですか?」
俺はしばらくぶりに言葉を出した気を感じながら言った。
恐怖そのもの?
「あなたの心はおそらくとても純粋。多くを求めず、上昇志向がない。別に悪い意味てじゃなくてね」
「貶されてるようにしか聞こえませんが」
「そのあなたが最も恐れているものが頭の中で具現化している。それが、『恐怖』そのものだったっていうだけ」
は?よくわからない。純粋?俺が?はは、笑えないジョークだね。
「信じる信じないはあなた次第」
先生の話し方が少し強くなってくる。
「そして、これを止めるか止めないかもあなた次第」
どういうことだろうか。
「簡単なこと。あなたがこれまで通り振舞うなら症状は治まらない。症状を治めたいなら、純粋な心を捨てること」
そんな事言われたってどうしろってんだ?
あれか?本能が純粋な心を捨てろって言ってるってことか?
『どうするかは、あなた次第。』
これを読むあなたは、どっちを選ぶ?
─了─
初代に影響されて短編を書いた。
気付いた人は皆無だろうが小説もどきのカテゴリ消してたんですね
短編オンリーにしよう今度からは
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